1969年9月13日はJohnがカナダのトロントで行われていたToronto Rock And Roll Revivalという音楽フェスティバルに登場した。

集客が上手く行かない…
Chuck Berry、Little RichardやBo Diddleyなどロックンロールの黄金時代を築いたアーティストが目白押しだった。
しかし、客が思ったより集まっていなかった。
主催者はJohnはYokoと神出鬼没的に現れるイメージがあるのとロックンロールが大好きなのを知っていた。
本番2日前にApple社にアポイントを取ってみたらJohnが直接電話に出た。
主催者はJohnが好きなロックンローラーが集まるので是非見に来て欲しいと伝える。
そして、司会もやって欲しいと依頼した。
しかし、Johnは「司会なんてイヤだ。演奏させてくれるなら行く」と答えた。
主催者も二つ返事で承諾したが、厳しい金銭事情を打ち明けた。
Johnは「飛行機はファーストクラスで、良いホテルを用意してくれたら大丈夫」と答えた。
Plastic Ono Bandの結成
JohnはすぐEric ClaptonとKlaus Voormannに連絡し、了解を得た。
ドラムは数日前にYokoとクラブで見たライブで気になっていたAlan White。
彼の連絡先を調べて直接電話した。
しかし、Alanはイタズラ電話だと思ってすぐ切ってしまった。
2回目の電話で本物だとわかり、トロント行きを受け入れた。
彼らはリハーサルする時間がなかった。
とりあえず、飛行機内でJohnが演奏する曲のキーやコードを打ち合わせしただけにとどまった。


波乱の本番前
到着後、彼らを迎えに来たのはギャングバイカー集団のVagabonds。
主催者は彼らから借金をしてイベントを開催していた。
出演していたDoorsのギャラで資金が圧迫されていたため、彼らもJohnのライブが問題なく行われるために警護役を務めた。
大勢の不良バイカーたちに警護されていたJohnやEricはドン引きしていたようだが…

会場に着き、楽屋ではJohnが極度の緊張のため、体が震え嘔吐を繰り返していた。
Eric達に励まされ落ち着くようにはなった。
そこで、Vagabondsの1人が「Lennonよ、大丈夫か?これでも食って体力つけてくれ。ライブ楽しみにしてるぞ」と大量のフライドチキンを差し入れしてくれた。

ソロ活動への希望が湧いたJohn
ライブはリハなしの割には上手く行った。
JohnはBeatlesではなく、ソロとして3年ぶりにライブを行い手ごたえは感じたようだった。
その自信は皮肉にもBeatles解散のきっかけにもなった。

一方、主催者・Vagabonds側はJohnの出演OKの返事を受けてラジオ局などにJohnが来るから宣伝してくれと依頼した。
しかし、BeatlesのJohn Lennonがこんな所に来るわけがないと相手にされなかった。

しかし、Johnがトロント空港に降り立った話を聞き、街中が大騒ぎになり、あまり売れてなかったフェスティバルのチケットも即完売した。


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