出会い
1959年、Quarrymen時代からよく出演していたPete Bestの実家Casbah Clubでのライブを観にやってきたDot RhoneはバンドのリーダーJohn Lennonに恋してしまった。
しかし、彼にはCynthaという恋人がいるのを知り、諦める。
そして、Paul McCartneyに近づき、恋仲となっていく。

妊娠
翌年、彼女の妊娠が発覚した。
Paulは金の指輪を彼女に贈り結婚を約束した。
Paulの父Jimはその話を聞いてショックを受けたが、自分がお爺ちゃんになるというワクワク感が優ってDotに何があっても自分ができるだけサポートするから間違っても養子には出すなと助言している。
流産
しかし、流産だった。
結婚の話は流れ、しばらく落ち込んだが二人の想いは変わらないままだった。
その頃、ハンブルグ巡業の間、Paulが作ったP.S. I Love Youは彼女に宛てた曲とも言われる。

離れていく気持ち
1962年、Beatlesがデビューする頃は忙しかったため二人はあまり会えず心も離れていく。
Paulはその頃に彼女とケジメをつけて普通の生活を送るかBeatlesのメンバーとして続けるかの選択を迫られたようだ。
この年の秋ごろまでには二人は別れた。
彼女のその後
Dotはしばらくリバプールで働いていた。
だけど、常に元恋人の名前や話題が耳に入ってくるので心機一転、カナダに移住した。
数年後には結婚し、3人の娘を産んだが、長女のAstridの名はハンブルグで知り合ったBeatlesの友人・Stuart Sutcliffeの恋人Astrid Kirchherrから取っている。

その後、1965年のBeatles、1976年のWingsのカナダでのライブの際、バックステージに招待され短時間ながら二人は再開している。
1994年にJohnの元妻CynthaがカナダでのBeatlesイベントに出演する機会があった。
その際、Dotを探して再会するつもりでいたが見つからなかった。
しかし、イベントの問い合わせ先にDotが電話をして二人は無事再開したようだ。

束縛の強いPaul
PaulとDotの交際時、彼は彼女に対して押し付けたルールは厳しかったようだ。
友達と会ってはいけない、タバコは吸うな、髪の毛は金髪にし、タイトなミニスカートを履くことなど。
支配的・独占欲が強い彼に対して静かで大人しい彼女は言われるがまま彼に嫌われないよう従っていたとのこと。
Paulも近年のインタビューでこの話を出し、酷いことをしたと語っている。
当時他のリバプール男子も同じようにフランスの女優Brigitte Bardotに憧れていたのでJohnがCynthaにやったことと同じことをしていたようだ。
しかし、そのための費用は全部Paulが負担している。
Dotは彼は厳しかったけど、思いやりがあり優しかったと回想している。
「彼にとって私はそれほど大きな存在ではなかったのかもしれないけれど、少なくとも数年間はそう(特別な存在)だったと信じている」と振り返っている。


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