Johnny Winterは二枚目のアルバム「Second Winter」以降、一緒にデビューした仲間、Tommy ShannonやUncle John Turnerとは別れます。
そして、Rick Derringer率いるMcCoysと組み「And」というバンドを始めます。

ヘロイン中毒
McCoysはJohnny Winterのマネージャー、Steve Paulの店「The Scene」のお抱えバンドでした。
彼らをこのままにしておくのは良くないとの判断でSteve Paulが判断した結果でした。
しかし、元々ブルースをやりたかったJohnny Winterは当時の流れに乗ってロックをやり続けることに疑問を持ます。
そして、現実逃避のためヘロインにハマってしまいます。
2年のブランク(一度だけ弟Edgar Winterのバンドのライブに飛び入りしている)を経て1973年に復帰。
ヘロインに手をつけないように医療用の麻薬であるメタドンを常用するようになります。
Johnny Winter 幻の日本公演
時は飛んで1990年に日本公演が決まりました。
Rolling StonesやPaul McCartneyのライブもすでに実現。
Johnny Winterは未だ来日しない最後の大物と言われたりもしました。

しかし、ライブは中止。
前述のメタドンは日本では認可されていない薬のため入国許可が下りなかったのです。
当時は彼が日本嫌いだという噂も出てましたが。
Johnny Winterの1990年代以降
1990年代からしばらく麻薬癖など体調不良でしばらく音楽活動から遠下がります。
その後、2000年半ばから徐々に復活していきます。
ただ以前のように声が出ない、ギターも思うように弾けないことに悩み、引退を考えます。
その事を10代から師匠のように慕っていたB.B. Kingに電話で打ち明けます。

B.B.から返ってきた答え。
「オレは今85歳で毎日ライブやってるんだ。オレからしたら60半ばのオマエなんてまだまだ若造なんだ。そんな弱々しい事言うな!」
次の日Johnny Winterはマネージメント事務所に行き「今入っているオファーは全部受けてくれ!」
奇跡的な日本公演
2006年に復帰作を作ってからツアーなどはやっていました。
だけど、B.B. Kingとの電話を気にツアーを活発化させます。
その間に長年服用していたメタドンもいらない体になり持病はありつつも麻薬からは完全に脱却します。
これを機に2011年初のアジアツアーも始めます。
日本公演もようやく実現させ、日本の観客のノリの良さに驚かされ、2013年以外毎年日本公演を実現。
個人的にはVenturesみたいに今後も毎年来てくれるかなと思ってました。
だけど、残念ながら2014年7月にスイスでツアー中に客死してしまいました。

なかなか来てくれなかったから、いっそのことアメリカに行って観に行こうかと思ってましたが、その矢先の実現だったのでよかったよかった…
その頃公式サイトのスケジュール見たらZepp Sapporoと出ていたのでビックリしました。
札幌でしかやらないのか?それとも他の国にSapporoと言う地名があるのか?って戸惑いましたけど…




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