1963年4〜5月の間、John Lennon以外のBeatlesのメンバーとKlaus Voormann、Astrid Kirchherrはカナリヤ諸島にあるテネリフェ島に12日間の旅行を楽しんだ。
Stuの死の悲しみを癒すための旅行
前年、Beatlesの元メンバーでAstridの恋人であったStuart Sutcliffeが急死。
悲しみが癒えないであろうAstridを元気づけるための旅行だった。
この時、Paulは海へ泳ぎに行ったが、引き潮に巻き込まれ沖に流されてしまう。
戻ろうとしても岸には近づけず、陸にいる仲間も波が荒いためどうすることもできずにいた。
だが、体力を消耗しつつ必死に泳いだPaulは近くの岩にしがみついて助かった。
一方、JohnはBrian Epsteinと2人でバルセロナなどスペイン本土を12日間の旅行。
3週間前に息子Julianが産まれ、仕事も多忙だったためBrianがリフレッシュにとJohnを誘った。
同性愛者であるBrianとの旅行なので察しがつくと思う。
しかし、Johnは体の関係は否定しつつ、非常に親密で激しい関係だったとのちに語っている。
Paulの誕生日&成人記念パーティー
その後、6月18日のPaulの誕生日にBeatlesやマージービートの関係者などを招待して成人記念も兼ねてパーティーが行われた。
大けがを負わせてしまったJohn
キャバーンクラブのDJであるBob Woolerも招待された。
だが、彼は酒が回りすぎてJohnにBrianとの旅行のことをイジってしまう。
彼はその旅行のことをハネムーンと呼び、「おいジョン、ブライアンとの旅はどうだったんだ? みんな分かってるんだぜ!」
同じく酒に酔っていたJohnはブチ切れた。
Bobをパーティー会場の庭にあったシャベルや木の棒で血まみれになるまで彼をひたすら殴った。
BrianがBobを病院に連れて行き治療してもらったが、肋骨骨折と目が腫れている状態だった。
この件はイギリスの全国紙でも報じられてしまう。
BrianはJohnに命令してBobあてに電報で謝罪文を送ることにした。
そして、200ポンド(今の日本円で数百万円)の示談金を支払うことで裁判や警察沙汰にしないようにしてもらった。
Johnは後のインタビューでもやりすぎたことを反省のコメントを出した。
そして、Bobもこれ以上大事にすることはなくBeatlesをサポートし続けた。
1980年にJohnが射殺されたことを知りBobは「彼は乱暴なところもあったが、誰よりも傷つきやすく、純粋で素晴らしい男だった」とコメントし、ひどく悲しんだ。














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