60年代から70年代にかけて伝説的なドラマーが数多く出てきたが、Jim Gordonはもっと評価されてもいいのだが、なかなか表に現れることがない。やっぱりあの事が壁になっているのかも。
Jim Gordonは60年代初期からプロとしてドラマーをやっている。
最初はEverly Brothers、Beach BoysやThe Byrdsなど、錚々たるアーティストのスタジオミュージシャンとしてキャリアを積み、売れっ子として多忙な音楽活動を行っていた。
彼の人生が大きく動いたのは1969~70年にDelaney&Bonnieのバックとしてツアーへの参加を始めた時。Eric ClaptonやBeatlesのGeorge Harrisonがメンバーとして参加していた。
彼らとの友好が今後のEric ClaptonやGeorge Harrisonのファーストソロアルバムへの参加に繋がる。

70年に入ってJim GordonはベースのCarl RadleやキーボードのBobby Whitlockと共にバックバンドを抜ける。その話を聞いたEric Claptonはすぐに彼らに連絡してEricの新バンドに加入することを要請し、後にAllman Brothers BandのDuane Allmanも合流しDerek&The Dominosの結成となる。
Derek&The Dominos ではもちろんドラマーとしての参加ではあるが、ここで彼は大きな仕事をする。
Derek&The Dominos の唯一のオリジナルアルバムLayla Sessionsにてロック界不朽の名作Laylaの後半にて印象に残るピアノコーダを担当することになった。Laylaと言えばイントロやサビのあのギターフレーズだと思うが、後半のピアノコーダも必ずと言ってもいいぐらいに話には出てくるだろう。たまたまレコーディング中このピアノフレーズを引いていたJim Gordonを見てEric ClaptonがLaylaの締めにこのピアノを演ってくれとお願いをし、プロデューサーのTom Dowdがメインの曲とピアノコーダを上手く繋げてあの曲に仕上がった。
最初こそはヒットはしなかったが、今やロックの歴史を語るには離せない曲となる。
もちろんこの曲はEric ClaptonとJim Gordonの共作となっている。
が、後になってピアノコーダのあのフレーズは当時Jim Gordonと付き合っていたRita Coolidgeが作ったメロディをJim Gordonがパクったと言われるようになる。
Rita Coolidgeが自伝にて当時の恋人(Jim Gordon)に勝手に使われたと記述しているほか、Derek&The Dominosでキーボードを担当していたBobby Whitlockも「当時自分が住んでいた家にRitaとJimが遊びに来てRitaが作った当時”Time”と呼んでいた曲をピアノで披露してくれた」と語っている。
この”Time”と呼ばれるピアノ曲は後にBooker T. JonesとRita Coolidgeの姉Priscilla Jonesが1973年にリリースした”Chronicles”に収録される。
Derek&The Dominosは長続きせず、1971年には自然消滅的に解散となる。
ただJim Gordonを含めたEric Clapton以外のメンバーはJoe CockerのMad Dog & Englishmenに合流し、Jim Gordonはそれ以後TrafficやFrank Zappa、Steeley Danなどのバンドで活躍し、相変わらず人気ドラマーとして活動を続ける。
ただ、1970年代に入ってからJim Gordonは統合失調症を発症する。
母親の声を含む幻聴が聞こえるようになり、食欲の低下や不眠などに苛まれドラムも演奏することができなくなる。ついには1983年自身の母親を肉切り包丁で刺し殺し逮捕されるのだが、その時初めて統合失調症と診断された。
1984年に彼は16年の刑を言い渡されたが、服役中に何度も仮釈放の機会が設けられ聴聞会が行われたが、一切出席せず何度も仮釈放は却下される。聴聞会においてロサンゼルスの副地方検事は「深刻な心理的無能力」や「薬を服用していない時は危険な状態」と説明している。今年2021年3月にも仮釈放の機会があったようだが特にこれといった話が出てこないので却下になっているのでは?
Laylaの作曲者としてクレジットされているので今だ印税収入はあるのだと思うのだが、仮に釈放されても本当に生活できないほどに精神状態が悪化しているのだろうか?

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